短編小説・RIKISHI

「あ、UFO。」
 そう言って友人が指し示した先には、力士――色とりどりの力士が飛行していた。その数およそ二十。
 一体どうして彼はあれをUFOだと認識したのだろうか。力士が群をなして浮遊するのはこの町の風物詩だというのに。だから僕は「あれは力士だよ」と訂正しておいた。友人は呆けたような顔をして空を見上げるばかりだった。
 それにしても荘厳だ。ある力士は青の、またある力士は赤の煙だかなんだかよくわからないものを噴射して空中を縦横無尽に飛び回っている。彼らは統制の取れていないような飛び方をしているように見えるが、一人一人をよく観察してみると、しっかりと他とぶつからないように飛んでいることがわかる。
「金色だ!金色が飛んでいるよ!お母さん!」
 近くで遊んでいた子供が突然興奮しだした。金色の力士を見ると、その年は幸運でいられるという。その言葉を聞いた彼の母親は、懐からカメラを取り出した。一眼だ。
 しかし、どんなカメラマンがどんな機材を使っても、あの力士、とりわけ金色の力士をカメラに収めることは不可能だろう。今まで数多のカメラマンが挑戦し、命を落としたのを僕は見ている。
「おーカメラすげー!」
 友人は無邪気に興奮している。よくよく思い出してみると、友人はこの町であまり月日をを過ごしていない新参者だったのだ。
 そんな友人を尻目に、彼女はカメラを構えた。いつの間にか三脚を設置している。そんなことをしても意味がないのに――そう思っても、僕は何もしなかった。無駄だからだ。
 カシャ、という乾いたシャッター音がした瞬間、全てが静止した。回遊する力士が、一斉に静止したのだ。飛行によって撹拌されていた空気が、慣性に従って淀んでいく。
 一瞬の間。だがそれはその場にいた全員を震撼させるのに十分な時間だった。そして、彼女は自分のしたことに気付いたのであった。
 力士の怒り。僕はそう呼んでいる。彼らは写真を撮られることが大嫌いなのだ。もし写真を撮ろうものなら、怒り狂った一五六キログラムの巨体が時速三一二キロメートルで突っ込んでくるのだ。
 ただの人間である撮影者になす術はない。現にこの町には、力士の衝突によりできたクレーターがいくつもある。それなのに、この町には多くのカメラマンが飛行する力士を求めてやってくる。
「馬鹿なやつ」
 僕はひとりごちた。しかしそれは子供に聞かれていた。
「お母さんは馬鹿じゃないよ」
 無邪気な声だった。確かにそうかもしれない。と僕は思った。死にに来たのなら、非常に賢明だからだ。
 既に力士の群れは突進を始めていた。彼女は逃げようともしない。
「お母さんのことはいいの?」
 僕は聞いてみた。「別に」と返された。その瞬間、この家族の空疎さを知った。現実から逃げるように、友人の方に視線を泳がせてみた。
 すると友人は力無く笑って、彼女をかばうように力士の群れに立ちはだかった。友人は彼女に惚れたのかもしれない。あるいは、彼も死にたいだけなのだろうか。
「やめろ!」
 久しぶりに激情が駆け抜けた。友人は振り向かない。ただ、迫り来る力士をしっかりと見据えている。陽光を反射し、幾重にも重なる色彩を散らす力士たち。一斉に突撃する姿は、流星のようでもある。
 衝突が迫る。僕は友人の最後を見届けようとした。突進の勢いは緩まない。そして、あと一刹那でぶつかろうというときに、奇跡は起こった。
 友人の前に、光の壁が展開していたのだ。青みを帯びた幾条もの静謐な光芒が、紋様にも似た防御を形成している。突撃する力士たちは、その防御の前に消えた。消滅によって発生する光と、防御の光、それに力士自体が発していた光はないまぜになって、一つの太陽になったのではないかと錯覚するほどであった。
「ああ、あなたが選ばれし者だったのですか」
 この町には、一つの伝承がある。選ばれし者が、力士たちを消滅させるという、古い陳腐なものである。それは、事実だったのだ。
「ごめんな、今まで隠してて」
 友人はまた力無く笑って、謝った。光が消えた。しかし力士はまだ一人残っていて、油断している間に友人と彼女は吹き飛んだ。新たなクレーターの誕生だった。僕の心は悲嘆を通り越して空虚になった。しかし心の奥底で、本能的な歪んだ愉悦が浮かんでくるのも否めなかった。
「おにいちゃん、ぼくどうすればいいの?」
 足下にから声が逆上がってきた。先ほどの子供だった。
「そうだね……」
 僕もこれ以上正体を明かさないわけにはいかなかった。そんなわけで指を鳴らしてみた。すると頭上に、力士のようなものがやってきた。先ほどまではいなかったタイプの力士に見えて、それはスモウレスラーだった。その大きさは優に三十メートルはあるだろう。
「おにいちゃん、あれは何?」
「あれは、僕らの宇宙船だよ」
 スモウレスラーの腹部が割れて、ビームが放射された。僕と子供はそのビームに包まれて、スモウレスラーの中に吸い込まれていった。
「僕はね、宇宙人なんだ」
「ふぅん。僕も宇宙人なんだよ」
「それは面白いね。どこの星?」
「おっぱい星人」
 面白い子供だ。と思った。同時に、彼もまた宇宙人なのだから近しい人の消滅に対してドライでいられるのだろうな、とも思った。しかしそれはすぐに、同類を見つけた嬉しさに変わった。僕は仲間の宇宙人の中でも変わり者なのだ。
「おにいちゃん。あの力士は何だったの?」
「あれは偵察機だよ」
「ふぅん。何を偵察するの?」
 あの小型の力士は本当に偵察機なのだ。我々相撲星人の仇である選ばれし者を探すべく、この町を偵察していたのだった。
「さあね」
 僕ははぐらかした。本当のことを言ってはいけない決まりだったからだ。既に僕らの体はスモウレスラーの体内に吸い込まれていた。見慣れた機器類に加えて、相撲星人地球侵略軍の司令官たちも並んでいた。
「任務完了であります」
 高らかに言った。高官たちは無言で、僕を銃で撃った。
「どうしておっぱい星人と知り合いになったんだ!」
 撃った後で叱責された。怖さより、痛みが勝っていた。何故おっぱい星人と関わってはいけないのだろうか。その理由を知らされる前に、僕の意識は途絶えた。
 その二日後、地球は相撲星人によって支配され、地球は相撲星の植民地になった。




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